創業者インタビュー

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―お二人はどこで出逢ったのですか?

 

福島)2015年に当時コーチングスクールを経営され、プロモーターとしても活躍されていた堀江信宏さんのコーチング講座で初めて会いました。

 

私は元々、講演やビジネスコーチング、コンサルティングをされていた方の社長秘書をしていた2012年に、堀江さんの「ビジネスプロモーター」を育成する講座に通い、心理学をベースにしたプロモーションや企画立案、運営などを学んでいました。

 

橋本)僕は2015年に福島と会った頃は、経営者や個人事業主の方に向けてエグゼクティブコーチングをしていました。

 

僕も元々は2012年末に、堀江さんのコーチングスクールをインターネットで見つけ、直感的に面白そうだと思った「コーチングビジネス講座」に参加していました。

 

―その後どのように二人の関係は発展していったのでしょうか?

 

橋本)出会ってから1年半後に、また堀江さんの「プロフェッショナルコーチング講座」に一緒に参加することになりました。

 

講座では、理解をベースにし、心理学を交えたコミュニケーションやコーチングについて学んでいたので、講義中だけでなく、懇親会も、講師、受講生同士が、お互いに語り合い、相手を理解するという時間を大切にしていました。

 

そして本当に大事なことは「目の前の相手の幸せを願う」という、人としてのあり方を教わったことでした。

 

その講座で、お互いに自分のことを色々と話すようになり、僕の主催する講座に福島が来てくれたり、福島の主催するイベントに僕が参加したりという交流をするようになりました。

 

福島)私は堀江さんの講座の中で、人は小さなきっかけで、自分で人生を選択し、より良い生き方に変わることできるという受講生さんたちの姿を見て、このメソッドを多くの人たちに広めたいと思いました。

 

そして、堀江さんに誘われて、一緒に仕事をすることになり、秘書としてコーチングスクールの講座運営だけでなく、初出版のプロモーションや企画、講演なども手がけていました。

 

その後、橋本を講座のクルーに誘い、講座内容や運営、受講生さんたちの行動変容につながる企画などについて、相談するようになりました。

 

やがて、堀江さんは癌の再発で闘病生活を送るようになりました。

 

堀江さんは、亡くなる直前まで、私たち二人にコーチングや講座運営の話だけでなく、この世は「理解」から全てが始まるということ、相手の大切なものを大切にするといった、人としてのあり方の話を沢山してくれました。

 

橋本は、堀江さんが体調を崩している間、テキストの構成や執筆、講座の設計、講師、集客、プロモーション企画など多岐に渡り携わりました。

 

そして、私たちに講座や受講生さんたちを託し、堀江さんは2018年に亡くなってしまうのですが、その後二人で、1年近くかけて、残っていた仕事や講座の運営を終わらせ、最後の受講生さんたちを見送り、その頃から一緒に仕事をしています。

 

―ところで、楽志堂はウェルネス事業を手がけていますが、医療系の仕事やプロデュースのお仕事に携わるきっかけはなんでしょうか?

 

福島)私が堀江さんの秘書時代、コーチングの講座を受講されていた、お医者様に出会いました。その頃、先生はちょうど本の出版を控えていらして、出版後のプロモーションを任されたのが、医療の世界に携わるきっかけでした。

 

私は、著者関係の知人が多かったので、10年以上前から、流行り始めの朝食勉強会のお手伝いをしたり、出版記念イベントや講演会などを手掛けたり、自分の講座やイベントを主催していたので、色々なプロモーションの経験がありました。

 

先生は、救急医療の経験と循環器の視点から「予防医学」を追究し、クリニックを開業されているのですが、クリニックに来る患者さんだけでなく、もっと多くの人たちに「予防」の大切さを伝えたいということで、書籍出版や講演などをされていました。

 

人生100年時代と言われている中で、元気に過ごせる健康寿命を延ばすことは、とても重要な課題だと思っていましたので、先生の「予防医学」に対する想いに共感し、講座や講演を企画運営していきました。 

 

先生と1年位一緒に仕事をして、プロモーション企画を拡大するタイミングで、橋本に声をかけました。

 

そこからは二人で、先生の講座において、医師や歯科医師だけでなく、健康を仕事にしている受講生さんたちが、健康知識を多く学んでも、患者様やお客様にうまく伝えることができない、なかなか行動を変えてもらえないといった悩みがあることから、コミュニケーションやコーチングを組み合わせたプログラムを開発していきました。

 

講座では健康を基盤に、人生をよりよく、ウェルネスに生きられるように導いていく「ライフヘルスコーチ」を提唱し、ただ、健康知識を伝えることだけでなく、健康の先にあるゴールや、自分の大切にしていること、どういう人生を歩みたいのかといった、未来にフォーカスし行動変容させることのできる「ウェルネスコミュニケーション」や「ウェルネスコーチング」のメソッドを入れました。

 

「ウェルネスコミュニケーション」や「ウェルネスコーチング」は自ら主体的に生きることに、気づかせることが大切なことで、講座に導入する際には「継続」がキーワードになりました。

 

行動変容が、その場で終わることなく、日常的に行動が継続できるメソッドを入れ、受講生さんたちは、患者様やお客様へ、うまくアプローチできるようになっていきました。

 

さらにそのメソッドを取り入れた、予防医学に関する「オンラインスクール」を企画運営したり、少人数型のコンサルティングを取り入れた年間講座を企画、運営をしていました。

 

また、「Blue zone Salon」というコミュニティを企画し、健康で長生きをする暮らし方、生き方をしたいと思っている人たちに、先生がライブ配信や、情報発信をできる場を構築しました。

 

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―お二人がウェルネス事業を手がけていることは、何か理由があるのでしょうか。

 

橋本)実は、僕は僧侶でもあるんです(笑)

 

―え?お坊さんですか?

 

橋本)元々、母方の祖母が僧侶で、自宅はお寺でしたが、両親は一般人で、後を継いでいたのはお弟子さんでした。

 

福島と出会った頃はまだ僧侶ではなく、僧侶になるつもりもありませんでした。

 

でも、祖母が亡くなり、しばらくしてお寺の継承問題が起きて。

そこで一念発起して自分がお寺を継ぐことにし、修行を経て僧侶となりました。

 

ウェルネスは、健康をベースとして、その上に豊かで輝いている人生といった自己実現までを含む広い健康観のことなのですが、お寺はまさにウェルネスだと思っています。

 

精神を落ち着かせて自分を見つめることができる静寂さや場があって、健康的な生活をしていて、祈りと感謝があって。ここまでウェルネスな環境は少ないのではないかと思います。

 

そんな環境で過ごしておりますので、人々にとって大事なウェルネスということを、事業として手掛けたいと思いました。

 

福島)実は、私はジープ島親善大使でもあるんです(笑)

 

―え?ジープ島ってなんですか?

 

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福島)ジープ島はミクロネシア連邦にある、直径34mという小さな無人島なのですが、その島の親善大使を2008年よりしております。

 

私は2001年頃から8年近く、個人の住宅を設計施工する会社で、営業でお客様に提案をする仕事と、取締役として従業員評価や人事、採用などの仕事をしていました。

 

お客様の夢をお聞きして、世界に1つしかない家を一緒に建てていくという仕事は、本当に楽しくて、休みもほとんど取らず、朝から深夜まで仕事ばかりしていて・・・

 

たまの休みも新しいお店やホテル、本屋、電気屋、家具屋など、お客様の家の設計に役立つ勉強のために出かけてばかりで、その間に結婚をしたものの、家庭を省みることは全く無い生活をしていました。

 

そんな生活の中で、私を大切に見守ってくれていた祖母の姉、祖母、父が立て続けに亡くなり、ふと、自分は一体なんのために生きているのだろうか・・・と考えてしまったのです。

 

私にとって本当に大切なことはなんだろうと。

 

私と同じように仕事ばかりしていた父が亡くなった時に、最後にそばにあったものは、仕事ではなく家族でした。

 

私はその経験から、仕事だけでなく、家族や大切な人との時間をもっと大切にしたいと思うようになり、働き方を変えるために、仕事を辞めることにしました。

 

その当時の私は、何でも一人で仕事を抱え込み、この仕事は自分にしか出来ないことだという思いが強く、人に簡単に任せることができず、大切なお客様の引き継ぎにとても苦労した覚えがあります。

 

そして、仕事を辞めて3日後に旅に出た先が、偶然雑誌で見つけた「ジープ島」でした。

 

そこは、1周歩いて1分半という島で、電気もガスも水道もなく、電波も全く通じません。泊まれる小屋が2つ、島で一緒になった人たちとテーブルを囲んでスタッフが作ってくれるご飯を食べる。

 

夜は砂浜で満天の星と月を眺めながら眠るという、何もかも便利に揃っている現代社会とはかけ離れた世界でした。

 

ジープ島には、開島者の吉田さんが滞在されていて、毎日長時間、色々な話をし、私の大好きな空と海だけを眺め、自然の中でゆったりと過ごした10泊は、それまで24時間365日、お客様からの携帯電話を気にして、ずっと仕事ばかりしていた私の価値観を一変しました。

 

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―どんな風に価値観が変わったのでしょうか。

 

一つは「私がいなくても、世の中は流れていく」 ということです。

 

私がジープ島へ行って2週間音信不通になったら、辞めた後の仕事に問題が起こったり、何か大変なことになるのではないかと思っていたのですが、帰国してみると何も困ることは起こっていなかったのです。

 

自分にしか出来ないことがあるというのは、勝手な私の思い込みで、世の中は私がいなくても時は流れ、私の代わりに誰かが、その役割をはたしてくれる。

 

その経験から、もっと人を信じて人に任せてしまっていいのだと思えるようになり、その後の仕事の仕方がガラリと変わり、スタッフを育ててくことも、一緒に人と仕事をすることもとても楽になりました。

 

二つ目は「自然は何よりも美しく、感謝しかない」ということです。

 

毎日眺めていた空でも、その色や造形は二度と同じものはなく、瞬間的に創られる美しい芸術の世界だと思いました。それは一期一会の大切さを瞬間、瞬間に感じられる日々でした。

 

そして、電気や水道のない世界では、雨の恵み、太陽の恵み、風の恵みがいかに大切か、でも自然はそこに見返りも求めず存在し続けていることを実感し、自然に対する感謝の念が深まりました。

 

当たり前にあることは、決して当たり前ではなく、全ての存在、全ての出来事は、奇跡的なことなのだと感じられるようになりました。

 

三つ目は「人は人とのつながりが大切である」ということです。

 

吉田さんがジープ島を開島した際にこだわったのは、個室を作らないことと、みんなで一緒にご飯を食べることでした。

 

それは、昔の日本人の生活にはあった、助け合い、大家族のような関係を、島で体験し、人が人を想いやる優しい気持ちを取り戻して欲しいという理由でした。

 

この価値観の変化から、帰国後、ジープ島をきっかけに縁がつながった人たちを集めて、コミュニティーを作りました。

 

これは、日常に戻った後でも、素晴らしい経験の中で感じた想いや、行動を継続できるために必要だと思ったからです。そのつながりは12年たった今も続いています。

 

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―ジープ島親善大使にはどのようになられたのでしょうか

 

私は初めてのジープ島がすっかり気に入って、吉田さんにジープ島を日本でもっと広めたいとお話しをして、滞在中にジープ島親善大使になることがその場で決まりました。

 

そしてジープ島を紹介するために、旅行会社とイベントを開催したり、ファンコミュニティーを作ったり、吉田さんの書籍やDVDなどの縁をつなぎ、世の中に広めるPRを色々と手掛けてきました。

 

ジープ島は、心も体も健康で、楽しく、感謝に満ちた時間を過ごすことができ、琉球大学の荒川先生が提唱されている『身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、豊かな人生をデザインしていく、自己実現』という「ウェルネス」な生き方を実感できる場だと感じました。

 

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―そのような経験からウェルネス事業を行ってきたのですね。

今の時代にウェルネス事業はどんな意味があるのでしょうか?

 

橋本)私は、「ウェルネス」とは、生き方の一つだと思っています。

2020年の新型コロナウィルスの拡大で、今まで自分たちが生きてきた常識が覆ることが起こり、経験したことのない生活をする中で、人々は「生き方」について考える機会を持ったのではないでしょうか。

 

好きな時に会いたい人に会えない、行きたい場所に自由に行かれない、仕事がなくなってしまう、自分の健康、家族の健康が心配になるなど、不安定で、未来が見えにくい時期だからこそ、自分が本当に大事にしたい本質を理解することが大切になっています。

 

「ウェルネス」な生き方とは、人が主体的に、本当に好きで、大事にしたいことを選び、元気に、豊かに暮らしていくことだと思っています。

 

―今後ウェルネス事業は、どのように進まれていくのでしょうか。

 

「ウェルネス」は生き方なので、導入する際には「継続」がキーワードになります。

 

「ウェルネス」は非日常的な経験ではなく、その状態を継続できることが大切です。

 

私たちは、「ウェルネス」に「理解をベースにした、コミュニケーションやコーチング」を掛け合わせることで、経験がその場で終わることなく、日常に戻っても行動が継続できることを意図して、サービスやプログラムを組むことを提案しています。

 

今後は、医療業界に限らず、どんな業界にも、「ウェルネス」に生きる要素を取り入れていくことが重要だと思っています。

 

それぞれの事業に、継続可能な「ウェルネス」を取り入れることで、商品やサービスの価値を上げ、新しい顧客の創出に繋がり、顧客満足、利益向上に繋げていきたいと思っています。

 

―ところで、楽志堂はお二人で共同創立されたそうですが、二人の役割分担はどのような形なのでしょうか。

 

福島)私は人との縁を結んだり、場を作ったりするのが得意で、こういうものを作ったら面白い、この人と話してみたい、これは美しい、これは素晴らしいと言った、直感的な感覚で判断したものから、インスピレーションが次々と浮かんでくるタイプです。

 

ですからウェルネス事業に関しても、創造性を追求し、こういう業界に、この分野にウェルネスを取り入れていくと面白いのではないか、役に立つのではないかということを考えて、色々な場所に出かけたり、人とお会いしたりしています。

 

一方で橋本は、私が結んだ縁を、実際に仕事に昇華させるための企画を考え、綿密に言語化して、カタチにできるというタイプで、私にはない才能を持っています。

 

私だけでは、ただこうなったら楽しいだろうな、という想いだけでカタチにならないものが、橋本が現実化してくれることで、二人がいて事業として成り立つのです。

 

また、男女ということもあり、それぞれの視点が掛け合わさることで、見えてくるものも広がることも多くあります。

 

―お互いが尊敬しているところはありますか?

 

橋本)福島が本当にすごいと思うところは、「本当に相手のことしか考えていない」ということです。

 

裏表もなくて、自分の心配は全くせず、人のことだけしか考えていません。

 

だから、人との関わり方を見ていても、一瞬で人を魅了している場面をよく見かけます。

 

福島にしかできない特別な人との関わり方があるように思います。

 

他には、福島は事業の根幹である「ウェルネス」な生き方を実践しているところです。

 

ウェルネスには、心、体、精神のほか、環境やコミュニティも重要と言われていますが、実際に、身体に良い食事、適度な運動、家族や仲間を大切にし、仕事だけでなく、好きな旅も楽しむというライフスタイルをとっています。

 

また、長年かけてコミュニティーを創り上げ、人とのつながりを大切にしていることも、ウェルネスな生き方には欠かせないことかと思います。

 

中でも福島が主宰しているコミュニティーの「クロワッサン朝食会」は、10年以上続いているそうです。

 

―クロワッサン朝食会ですか?

 

福島)はい、2009年から「クロワッサン朝食会」というクローズドなコミュニティを主宰しております。

 

1回、私が選んだお店に、味だけでなく食材にもこだわったクロワッサンを、皆で食べに行くというだけのシンプルな会なのですが、気がついたら115回を超えて今も継続しています。

 

朝少し早起きをして、日常とは違う場所へ出かける、仲間と集い、おしゃべりをして、美味しいものを、心地よい場所で食べる。

 

なぜそんな長く継続できるのですか?と聞かれることも多いですが、単純に、そんな場を定期的につくることで、参加する仲間が、楽しい時間を過ごし、大切なつながりを継続させていけるといいなと思っているだけなのです。

 

―橋本さんの尊敬するところはどんなところでしょうか

 

福島)橋本の尊敬するところは、「自分に対する基準の高さ」です。

 

「なんでここまで、できるのだろう」と驚くほどの調査・分析能力や、こだわりの文章能力は、私だけでなく、取引先の方にも尊敬されています。

 

自分で自分の基準の高さによって苦しんでいる場面を見ることはありますが、そうした基準の高さや集中力は、仕事のクオリティに直結する大切なことなので、本当にすごいことだと毎回思っています。

 

あと、本人は気がついていなかったことで、「誠実である」というところも、人として尊敬しています。

 

無意識にできる「誠実な人柄」というのは、一日、二日で頑張って身につくものではありません。

 

橋本の場合は、幼い頃から、常に信仰や感謝して生きるという、精神的なウェルネスな生き方をしていたと思いますので、そういった積み重ねが、誠実な人柄を創り上げているのではないでしょうか。

 

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―お二人で仕事をする際に気をつけていることはありますか。

 

福島)「理解すること」、そして理解し続けることだと思います。

 

「わかったと思ったら終わり」という堀江さんの言葉を今でもよく思い出します。

 

私たちは、お互い全く違うタイプなので、違いを尊重すること、相手の大切にしているものを大切にして傷つけないということを常に意識しています。

 

橋本)福島と同意見です。相手を理解して、相手を尊敬するということが、お互いの良さを伸ばせる秘訣のような気がします。

 

とは言え、意見が合わないことで衝突することも多々あり・・・・まだまだ理解し続けなければなりません。

 

―最後にメッセージをお願いします。

 

橋本)楽志堂が行っているウェルネス事業も、福島と出逢い一緒に創業したことも、全ては縁あってのことだと思っています。日々、一期一会の気持ちを持ち続け、縁をつなぎ続け、世の中のためになる事業を手掛けていきたいと思います。

 

福島)人生は、まさかということが起こることもあります。

 

恩師である堀江さんが亡くなってしまったことは、二人にとって、衝撃的な出来事でしたが、堀江さんから託された、人が人らしく生きることに大切な想いを、私たちは1000年先の未来へ残していきたいと思っています。

 

それは、一人ではできないことなので、多くの人たちとのつながりが大切になります。

 

縁あって出逢う「目の前の人たちを大切にし、その人たちの幸せを願う、」そんな堀江さんから教わったあり方を実践しながら、事業を行なっていきたいと思います。

 

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皆が心も体も精神も社会的にも環境も全て良好で、元気で楽しい「ウェルネス」な生き方ができるようになり、未来の子供達の世の中が、明るく楽しく優しい世界になりますように。

 

2021.06.25 Friday